朝アイスにハマっています ― ある日、シンガポールから電話が鳴ったら?【輸出】

この記事を書いた人
行政書士 鬼頭文
・プライベートを含めて約35か国以上を訪問した経験をもつ
・貿易支援も可能な 数少ない行政書士
・通関業者や企業の貿易部門、営業、広報などで培った豊富な経験と知識を活かし、日々様々なクライアント様の相談にのっている。
*業務例:輸出や輸入のサポート・契約書作成支援・保税蔵置場関係 etc.
(公財) あいち産業振興機構 経営技術専門家、国際アドバイザー
(一社) 海外事業支援センター (OBAC) アドバイザー
最近、朝にアイスを食べるのが楽しみで
いよいよ暑くなり、夏の気配を感じる季節になってきました。
私事ですが、ここ数年「朝アイス」にハマっています✨️ どこかで見聞きした話によると、頭脳は冷えていたほうが働くそうで、その話を前向きに信じて、積極的にアイスを摂取しています(笑)!食べ過ぎに注意しながら💦
今日は、そんなアイスを食べながら、ふと想像してみたお話です。
もし、日本のアイスメーカーさんに、ある日、海外のバイヤーから一本の電話がかかってきたら、何が起きるだろうか?
「シンガポールから、引き合いです」 ―― ありうる電話のシナリオ
ある日の朝、鳴り響く一本の電話
たとえば、こんな場面を想像してみてください。
ジェラート工房を営む社長のもとに、ある朝、見慣れない番号から電話が入ります。出てみると、相手はシンガポールの日系食品商社のバイヤー。現地の高級スーパーで日本産プレミアムアイスの取り扱いを増やしたい、ぜひ御社の商品を、というオファーです。
「光栄ですけれど、海外に送ったことはなくて……」と戸惑う社長に、バイヤーはこう続けます。「現地の通関や輸入手続きは弊社で全部やります。御社にお願いしたいのは、日本国内での出荷準備と書類整備だけです。まずはテスト出荷で20ケースほどから、いかがでしょう?」
電話を切ったあと、社長は嬉しさ半分、不安半分。そして恐らく、すぐに調べ始めるはずです。「アイス 輸出 手続き」と。
数字で見る「日本のアイス、世界へ」
少しデータを見てみましょう。経済産業省の資料(METI Journal)によれば、日本のアイスクリーム輸出額はこの10年余りで大きく拡大しており、2013年の約8.6億円から2022年には約64.5億円規模(輸出金額ベース)に達したとされています[1]。輸出量で見ても過去10年で大幅に増えており、年間1万トンに迫る規模に成長しているとの報告があります[1]。
国内市場も決して縮んでいるわけではなく、2024年度のアイスクリーム販売金額 (国内メーカー出荷ベース) は6,451億円と過去最高を更新しています[2]。それでも各社が海外に目を向けるのは、人口減少を見据えた長期戦略であり、何より「日本品質のアイス」がアジアで明確に評価されているからです。
輸出先は台湾・香港・アメリカ・中国といった国々が上位を占め、シンガポールをはじめとする東南アジア諸国も有力な市場として続いています[3]。アジア全体で輸出の大半を占め、輸出先国は40か国以上に広がっているとされており[3]、冒頭の「シンガポールから電話」というシナリオも、決して荒唐無稽ではないことが分かります。
「現地のことは輸入者にお任せ」は本当に成り立つのか
ここで一つ、大事なポイントがあります。
冒頭のシナリオで、シンガポールのバイヤーは「現地のことは全部やります」と言いました。たしかに経験豊富な輸入者であれば、現地通関や販売実務を担ってくれる場合があります。日本側としては、そうした体制の輸入者と組めるのは大きなメリットです。わたしも、さまざまな企業さんから相談を受けますが、輸出がはじめての企業さんには、チャンスを逃さないためにも「任せられるところは任せることも検討しましょう!」とお伝えすることがあります。
ただし、現地実務を輸入者側が担うとしても、日本側でも書類整備や契約条件の明確化は欠かせません。
任せられる業務と、任せられない業務がある。任せた業務にも、日本側が出さなければならない書類がある。
ここを理解せずに「現地のことはお任せします」と言ってしまうと、後になって思わぬ作業量や手戻りに追われることになりかねません。
意気込んで調べ始めると、最初につまずく場所
さて、想像の中の社長は、電話を切ったあと、どんな現実に出会うことになるでしょうか。
海外取引を始める際に押さえておきたい論点は、いくつかあります。代表的なものを挙げると、次のとおりです。
- EPA(経済連携協定)の活用可否 ―― 日本とシンガポールの間には複数のEPAが重なって発効しており[4]、活用できれば輸入者側の関税負担が軽くなる場合があります。商品(HSコード)ごとに、どの協定が有利かが変わります。
- 原産地証明書の準備 ―― EPA税率の適用を受けるには、原産地証明書が必要です。協定によって発給機関や取得方法が異なります[5][6]。そして、根拠書類の整備は日本側の輸出者にしかできない仕事です。
- インコタームズ(貿易条件)の選択 ―― 国際商業会議所(ICC)が定めるルールで、どこまでが売主の責任か、どこからが買主の責任かを明確にします。「現地のことはお任せ」を契約上の言葉に翻訳する、最初の道具です。
- 決済条件の設計 ―― T/T(電信送金)、L/C(信用状)など、初回取引こそ代金回収リスクへの配慮が欠かせません。
ほかにもさまざまな論点がありますが、いずれも商談の初期段階で全体像を押さえておくことで、後工程がぐっとスムーズになります。
「最初の一本」を確かに送り出すために
想像の中の社長が、ここで諦めずに準備を進めたとしても、初出荷までには相応の準備期間が必要です。EPA活用方針と原産地証明書の準備、契約書での役割分担と責任配分、決済条件の調整、輸入者との実務面のすり合わせ ―― 一つひとつを順に潰していった先に、ようやく最初のアイスクリームが出荷に向けて動き出します。船便であれ、航空便であれ、ここまでの積み重ねがあって、はじめて国境を越えていけるのです。
最初にきちんと地図を描けたメーカーさんは、二本目・三本目の輸出が驚くほどスムーズに進みます。最初は手間がかかることもありますが、乗り越えた先には、さらなる世界が広がっているはずです。
いちばん大切なのは、輸出者ご自身のビジネスの知見 ―― そして、それを支える海外取引の設計
輸出の成否を分ける最大の土台は、メーカー様ご自身が持っている「自社製品と市場についての見識」です。
自社のアイスがなぜ美味しいのか、原材料にどんなこだわりがあるのか、どのターゲット層に刺さりやすいのか。こうした情報を一番よく知っているのは、間違いなく作り手であるメーカー様ご自身です。シンガポールのバイヤーが本当に評価しているのも、商品そのものの力と、その背後にある作り手の知見です。
そして、その商品力と知見を「海外で売れる形」に変えていくために、海外取引の設計が必要になります。
EPAをどう活用するか。契約条件をどう組み立てるか。決済をどう守るか。輸送モードや物流体制をどう選ぶか。これらは単なる事務処理ではなく、事業の海外展開を支える戦略の組み立てです。
商品そのものの力と取引の設計は、どちらか一方では機能しません。いくら優れた商品でも、取引の設計が整っていなければ国境を越えられない。逆に、設計だけ完璧でも、その背後にある事業の力がなければ商談そのものが続きません。両輪が揃ってはじめて、海外取引が前に進みます。
日本発の海外展開を、もっと当たり前に
朝アイスを食べながら、私は考えます。私がいま美味しいと感じているこのアイスクリームが、世界のどこかで、誰かの「ご褒美の朝」になっていることを✨
日本のアイスクリーム輸出が10年で約3倍に伸びた背景には、商品と市場に向き合い続けた事業者様の努力と想い、そしてそれを支える海外取引の設計の積み重ねの両方があります。作り手の知見という土台と、それを国境の向こうへ運ぶ取引設計という両輪 ―― この両方が揃うことで、日本の小さな工房も、確かに世界の食卓に届くようになります。
今回はアイスクリームを題材にお話ししましたが、ここで触れたEPA活用、原産地証明書、契約書での役割分担、決済条件の設計といった論点は、アイスに限らず、食品をはじめあらゆる輸出取引に共通する実務テーマです。「もし、うちにも海外から引き合いが来たら…」と少しでも想像された事業者様にとって、本記事がその第一歩を考えるきっかけになれば幸いです。
TOKIIRO Worksでは、メーカー様ご自身のビジネス知見を「海外でも通用する取引の設計」でささえるお手伝いをしています。EPA活用の可否判定、原産地証明書の準備、英文契約書のサポートや役割分担の整理、決済条件の設計まで、戦略パートナーとしてご相談をお受けしています。
「うちの商品、本当に輸出できるのか?」など、お気軽にご相談ください。全体像をご一緒に描くところから始めましょう。
参考サイト
- 経済産業省 METI Journal「アイスクリームなどの動向について」(輸出統計推移・国別シェア)
https://journal.meti.go.jp/p/26899/ - 一般社団法人日本アイスクリーム協会「販売実績」(2024年度国内市場6,451億円)
https://www.icecream.or.jp/iceworld/data/performance.html - 一般社団法人日本アイスクリーム協会「輸出入実績」(輸出先国別構成)
https://www.icecream.or.jp/iceworld/data/import.html - 外務省「我が国の経済連携協定(EPA/FTA)等の取組」(日シンガポールEPA、AJCEP、CPTPP、RCEPの基本情報)
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/fta/ - JETRO「原産地規則および原産地証明書:日本」 ―― 日本からの輸出で利用できる原産地規則と各種原産地証明書の種類・取得方法を整理した実務向け解説
https://www.jetro.go.jp/world/qa/04A-000973.html - 日本商工会議所「EPAに基づく特定原産地証明書発給事業」 ―― 特定原産地証明書とは何か、どのEPAが対象か、制度の仕組みと対象協定一覧をまとめた制度概要ページ
https://www.jcci.or.jp/gensanchi/1.html - 税関「EPA・原産地規則ポータル」(原産地基準・証明手続/様式見本) ―― 各EPAに共通する原産地規則の考え方や、原産地証明書の様式見本・手続き案内を集約した税関の公式ポータル
https://www.customs.go.jp/roo/
